eye

2018/05/27

更衣

kwaga20180526.jpg


生意気な子はステーキに更衣

なまいきなこは ステーキに ころもがへ


わがブログの師匠、「クニャン」のTsukumo(月萌)さま
昨日の大窪寺の記事、実に興味深く拝見いたしました。
 → (2)新緑の大窪寺   #藤 #牡丹 #石楠花

あの記事の最後、本堂木札の「薬」の右側のチョンチョンが抜けていること。
4年前に大窪寺を訪れたとき、お遍路の先達さんから次のように伺いました。

昔、業病に苦しむ人がいた。その人が、この木札を大窪寺(第88番札所 結願の寺)に持ってきて、「病気が治ったら右側のチョンチョンを入れに来ます。必ず戻ってきますので、それまではこのまま本堂に置いといてください」とお願いして去ったとのことです。
それから何年たっても何十年立っても、とうとうこの人は大窪寺を訪れることはありませんでした。。。。。

「寺」とは、次の二つの要件を備えて初めて「寺」と言えると火蛾は考えます。
一つは、この挿話のように、生きている人間の悲願を受け入れてくれる空間であること。
もう一つは、(Tsukumoさんの記事にあるような)ウメ、サクラ、シャクナゲ、ボタン、フジ、アジサイ、あるいはモミジなどを目的に、生きている人間が気楽に訪れることができるレジャーランドであることです。
悲願の集積場であり、かつレジャーランドであること、これが「寺」というものではないでしょうか。

と、ここまで書いて、今日の日曜日は早朝から土佐へお遍路します。w

あ、Tsukumoさん、記事の引用がご迷惑であればこの記事にコメントしてください。
今日の記事のみ、コメOKとなっています。w

コメント

ご無事で良かった

おはようございます

更新されているブログをみて安堵しています。
雨でこれほどの被害が出るとは、、、
被害に遭われた方を思うと胸が痛みます。

私は定年までの長い間、机の引き出しに
宮沢賢治の、ザラ半紙にガリ版印刷された
雨ニモマケズ
をずっとファイルにいれて持っていました。
生きていると色んなことがあります。
悲しいこと、嫉みとか嫉妬とか、憎悪とか、
悪い方向に向かうと
「雨ニモマケズ」です(^^)

最後のお経は勝手に
南無阿弥陀に変えて


同じ時代を生きた火蛾さんの大嫌いな詩
だったのですね!

No title

あ、師匠からのお言葉だ。
このコメだけは保存しとかないと。

先ほど土佐遍路から帰宅し、一っ風呂浴びて晩酌を済ませたところです。
火蛾は勝手に、Tsukumoさんのことを保健室の先生的なイメージで思っていたのですが、そうですか、大変なお仕事に就いていらしたのですね。
師匠のブログの楽しい記事の数々を拝見していると、そういった体験をされた方とは思いませんでした。
これからも、か弱い火蛾に元気をわけてくださいませ。お願いします。m(_ _)m

No title

こんにちは。
ご紹介ありがとうございます(^^)

私が火蛾さんのブログの師とは思ってもみませんでした(@_@)

実はあの記事を書くとき、「薬」の文字の話を火蛾さんからお聞きしていたような気がしたのです。すでにブログは閉鎖されているので確かめることができませんでした。
このようなお話しだったのですね。

長い間、終末期の患者さんと関わってきて、治療をつづけながら、私は、非科学的にも心の奥底で奇跡を祈らずにはいられなかったことが何度もありました。

この「薬の文字」は、同じように病気と向き合う人の存在、「悲願」の象徴であったのですね。

お寺が「レジャーランドであること」
たしかに♪
皆、悲しみは胸にあっても、顔は穏やかに笑みがたくさん見えました。

高知はお寺の間が遠く、海岸沿いを走るのでしょうか。
太平洋もいいですよね、、
非公開コメント